よかな庵の掲示板−過去ログ8 (No.453-486) もどる


Re:大砲 名前:なかだ  2003年6月17日 12時45分 (#486)
>いまだに構成力に欠ける

実際、最近の書物などでも、ショパンは小品の作曲には向いているが…… みたい
な文章を見ますよ。

>「花々に隠された大砲である」(だっけ?)とかいっていたけど
このシューマンの文章ですが、これは主としてマズルカについて
言及した文章の中にあったはずで、「小さな可憐なマズルカの中にも
ポーランド人の魂が込められていると知ったら、ロシア皇帝はこれら
の曲の演奏を禁止するであろう。」といったニュアンスの文の次
に出てくる言葉だったと記憶しています。ですから、この場合の
大砲とはポーランド人の愛国心のようなものかと思います。

>連符とか和声とかも、ショパンやゴドフスキより複雑なモノを書ける「ゲンダイオンガク」作曲家ってのは、今ではいくらでもいると思いますが

まさに私が下でリゲティのエチュードとショパンのバラードを比較
して「格が違う」という印象を語ったのも同じような感覚です。

>ショパンの作品構成のすごいところは、聴く人に作品の構成というものを
>意識させないところにあるのではないかと思っています。

そうそう、そうなんですよ。ショパンの曲は非常に構成に気を配って
いて、分析するのも面白いのですが、実際にはこれらの構造なんか
全く意に介さなくたって鑑賞には何のさしつかえもない。それくらい
よくできている曲なんでしょうね。道を歩いていてふとショパンの
メロディーが窓辺から聞こえてきた、ああ、なんて美しい曲だろう!
ってな具合の経験、ある人は多いと思います。

一方、リストのソナタなどは、「構成」というものが非常に前面に
出てきている曲だと思います。あの曲はなるほど素晴らしい曲です
けれど、何の予備知識も無くはじめてあれを通して聴いたら、かなり
の人は退屈しちゃうんじゃないかと思うんですよ。
いろいろな人のソナタを聞き込んだ愛好家がリストのあの曲に接した
時にはじめて「これはとてつもない曲だ」と感心する。そんな曲ですよね。
大砲 名前:よかな庵  2003年6月15日 23時27分 (#485)
> ショパンの曲というのは、表面の美しさがあまりに素晴らしいので、
> それを支えている構成というのに気付かないことが多いのかもしれません。
> だけど、その作品構成を詳しく分析し出すと、いくらでもすごい発見がある。

確かにそうですね。
私も曲の表面の美しさとか情緒とかよりは、作品構成などを高く評価するタイプですが、構成などに凝って何の美しさもないってのも、ちょっと…。

前にかいた、連符とか和声とかも、ショパンやゴドフスキより複雑なモノを書ける「ゲンダイオンガク」作曲家ってのは、今ではいくらでもいると思いますが、私としてはそういうのをみても「それで、なに?」って感じるんですよねぇ。

やっぱり、美しさとか情緒とかも結局は必要(というか音楽にとって一番大切なもの)だけれども、それには構成力など屋台骨がしっかりしていないと、たちまち安易で低俗卑俗なロマンティシズムに転落してしまうということかもしれません。

また、その構成力も美しさの基本を支えるという目的に適っていれば、必ずしもベートーヴェンとかバッハのように分析できるポイントがはっきりしてる必要もないのかも。

シューマンが、ショパンの音楽を「花々に隠された大砲である」(だっけ?)とかいっていたけど、これってそういうこと(大砲=一筋縄では分析できない隠れた構成力)を言っているんだと思いますね。ちがうかな?

何かショパンをあまり知らないひとには「ノクターンみたい甘〜い旋律だけでなく、革命のエチュードとかスケルツォみたいな激しいのもあるんだよ。すごいでしょ」なんて意味で捉えられているような感じもしますけど(^^;)
構成力 名前:よかな庵  2003年6月15日 22時41分 (#484)
> いやいや、ますます深みにはまりそうで……

どうぞ、どんどんはまりましょう(笑)

> 「ショパンの音楽は構成力に欠ける」などと言う文章をいまだに見ることがあるけれど

そうですかねぇ。
「『ショパンの音楽は構成力に欠ける』などと言う文章をいまだに見ることがあるけれど、実は云々〜」という文章は、よく見る気がしますけど(^^;)
↓誤字発見 名前:暇人  2003年6月14日 22時10分 (#483)
「ここらか先は」→「ここから先は」でした。失礼。
素人から見たショパンの構成力 名前:暇人  2003年6月14日 22時5分 (#482)
私は専門的な知識はほとんどないのですけど、素人なりに考えると、
ショパンの作品構成のすごいところは、聴く人に作品の構成というものを
意識させないところにあるのではないかと思っています。つまり、ショパンの
曲を聴いていると、次から次へと魅力的な旋律が出てきて、すぐに曲に
引き込まれてしまい、うわー、いい曲だなーと思ってしまうわけですが、
「次から次へと」いろんな旋律が出てくる割には、不思議と統一感という
ものがある。なぜ、このような統一感があるのかということを調べて
みると・・・えー、ここらか先はなかださんにお任せします(笑)。

まあ、構成というのは骨組みのようなもので、そのこと自体はあまり知る
必要はないし、知らなくても楽しめるのですけど、構成の悪い曲というのは
ただ何となくメロディーが流れるだけという感じで、聴く人を集中させる
ことができない。そういう意味で、構成というのはすごく大事だし、
ほとんどの曲で聴く人を集中させてしまうショパンの構成力というのは
やはりすごいものがあると思います。
ショパンの曲というのは、表面の美しさがあまりに素晴らしいので、
それを支えている構成というのに気付かないことが多いのかもしれません。
だけど、その作品構成を詳しく分析し出すと、いくらでもすごい発見がある。
というわけで、何も知識がなくても楽しめるし、知識のある人が突っ込んで
調べ出すとさらに楽しめる。聴く人の段階に応じて、いくらでも楽しみ方が
ある、そういう幅の広さがショパンのすごいところなのかと思います。

ショパンの構成力 名前:なかだ  2003年6月13日 17時37分 (#481)
というわけで、「ショパンの音楽は構成力に欠ける」などと言う
文章をいまだに見ることがあるけれど、信じられないなあ。
主題を再現するときの変奏の技法、展開部などでモチーフの
操作を駆使し、そのなかにひそかに紛れ込ませた序奏部など
のモチーフがいつのまにか全体を支配して序奏部そのものに移行する、
なんて、ものすごい高度な構成的な作曲技法だと思うのだけど。
バラード 名前:なかだ  2003年6月13日 17時28分 (#480)
しかし、譜例が間違ってるって、言われてはじめて気がつきました。
よく気がつくなあ。
今日は通勤時にリゲティのエチュードとショパンのバラード両方の
CDと楽譜、さらにダウンロードした↓の論文を持って聴いたり
読んだりしてました。
リゲティのエチュードもおもしろいとは思うけど、ショパンの
バラードに比べたらやはり格が違うなあ。

まず、バラード集のCDを最初から聴くと、まず1番の低音の
ハ音のオクターブが「ばーん」と鳴るじゃないですか。
そして続いてユニゾンで重々しく分散和音が上昇し、ためらい、
たゆたい、そして左手の分散和音の解決されないEsの音が……

もう、これだけですっかり聴く人の心を捉えちゃう。このあたりの
バラ1の音楽の驚異的な力強さについては吉田秀和氏が良い文章を
書いてます。ユニゾンでこれだけの音楽が書けるのはバッハとショパン
だけだ、といった文章。その通りだと思う。

久しぶりにじっくり4番を楽譜を見ながら聴いてみました。
あの主題、8分の6拍子で書いてあるけど、あれ、実際は変拍子
ですよね。主題の音の入る位置が1回目の時と2回目の時とで
半小節分ずれてます。そんなことおかまえなしに強引に最初から
最後まで8分の6で書いてあるけど。
そして第2主題の提示中、中声部に1箇所第1主題の音の動きが
現れるところがありますが、なかなか気づかないんですよね、
皆さん。なかなかすごい主題操作だと思うのだけど。
それからやはりショパンは各部の「つなぎ」が抜群にうまい。
展開部の最後がそのまま再現部の序奏の部分に重なっていて、完全
に一体化してる。あのイ長調のカデンツァのような部分、あれは
展開部の終わりを告げると同時に序奏から第1主題へ入るクッション
でもある。
そして第1主題が再現しますけど、最初はカノン風に現れ、後半最初の
提示部と同じように復帰するかと思いきや、すぐに繰り返されると
ノクターン風に変奏されてる。ここの右手の不規則な連符も魅力的。
この展開部最後から第1主題の再現のあたり、リストのソナタの
構成を思い起こさせます。リストはショパンのバラード4番を
ヒントにしたのじゃないかしら。

いやいや、ますます深みにはまりそうで……
リゲティ、エチュード、ピアノ、リズム、ショパン、アフリカ、ピグミー? 名前:よかな庵  2003年6月11日 21時51分 (#479)
はぁ、

http://boethius.music.ucsb.edu/mto/issues/mto.97.3.3/mto.97.3.3.taylor_frames.html

ですか…(ふわさんの掲示板から)。しかし私は英語が全然よめないのでどーにもならん。
あまり関係ないかもしれないけど、バラ4の譜例、左手の最後の音がちがってますね。
ノクターン9−1は 名前:暇人  2003年6月10日 22時17分 (#478)
私はだいぶ昔にこの曲を練習したことがあるのですが、冒頭に出てくる
左手の6連符と右手の11連符を合わせるところは、確かにそんなに難しく
なかったですね。曲がりくねったメロディーということもあるのかも
しれませんが、適当に弾いたら何となく合ったような感じがします。
そんなに難しくない割には高度なことをやっているような気がして、
あの部分が弾けるようになったときは、自分の腕が上達したような気分に
なっていました(笑)。
27−2の場合、曲がりくねったメロディーではなくて、一直線に上がって
いくだけなので、ごまかすのが難しいのかと思ったのですが、実際のところ、
適当にずらして弾けばそれらしく聞こえるということですかね。

余談ですが、ノクターン9−1というのは、私がピアノを弾くようになって
2番目に弾いた曲でした。最初に弾いたのは9−2です。どちらの曲も、
最初から最後まで通して弾けるようになるまで数ヶ月かかりました(笑)。

7連符 名前:なかだ  2003年6月10日 11時12分 (#477)
7連符というと、シューマンの謝肉祭ですね。
8分音符の7連符が右手で左手が4分音符2つ。これは
ゆっくりしているし右手の4つめの音を半分に割ってそこに
左手を入れればいいので簡単。
ショパンのノクターンの場合、私も意識して6対7に割付ける
ことはしませんね。というか、そんなこと難しすぎてできない(笑)。
ノクターンの最初の曲(作品9−1)の冒頭もめんどくさい
連符が出てきますが、あれはなんとなく合わせると不思議とぴった
りといきます。この手の右手と左手の数の全く合わない連符の
練習には、チェルニー40番の20何番だったかがよろしいです。
音楽的には全くもってつまらない曲だけど、発想はなかなかよい。
正確に分割できているかはともかく… 名前:よかな庵  2003年6月9日 23時23分 (#476)
Op.27-2のこの箇所を弾くとき、とくに難しいと意識したことは無いですねぇ。言われてみれば難しいのかなとも思いましたけど。詠里庵さんのショパン全作品を斬る[104]でも譜例つきで、この箇所に触れられてますね。

双頭は私のはこりゃわざとです(笑)。私こういうイタズラ大好きなんですよ。

必要もない(?)のに、双頭にしたり、ダブルシャープやダブルフラットを意味もなく(??)どかどかと付けたり…。複リズムについてもそうですけど。

「聖夜の晩餐」編曲でも、6ページ1段目(75小節〜)のフラットの嵐は滅茶苦茶ですよねぇ。これって和声的に説明すると、どういうことになるのかな。そもそも、これでホントに正しいのかしらん?(←おいおい、自分でつけたんだろって感じですけど^^;)
7連符と言えば 名前:暇人  2003年6月9日 21時12分 (#475)
ショパンのノクターン27−2の最後のところで、左手の6連符と右手の
7連符を合わせるところがありますが、あれって均等にずらそうとすると
かなり難しいんじゃないでしょうか。(自分で弾いたことがないので想像ですが。)
コンピュータならともかく、人間の手で正確に分割するのは難しそう。あの部分を
弾くときには、最後に合うように適当にずらしながら弾くしかないのかな。

「Song for Ikajyu」の楽譜もざっと見たのですが、双頭の(枝分かれした)
音符というのが出てくるのですね。この凝り方はショパン並みかも。

2,3,5,7… 名前:よかな庵  2003年6月8日 21時41分 (#474)
ふわさんのページで素数の話題がありましたが…。

拙作「バラード」「難しい花」でも実は7連符を入れようと目論んでいたのですが、私の能力では無理でした。2・3・5の複リズムについても何だか私のはインチキくさいですけど(^^;)

ところで、私ゴドフスキのショパンエチュードの中では、No.45(原曲は新練習曲のAs dur、両手版)が一番お気に入りなのですが、詠里庵さんのショパン全作品を斬る[158]でゴドフスキのこの曲について書かれてあって、なんかやみくもに嬉しくなりました(^^)ただ、和声も素晴しいけど、複リズムについても書いてもらいたかったりして…。あ、これはショパンの解説だからしょうがないか(汗)。ショパンは単純な(?)2・3連符だけど、ゴドフスキの4・6・9をみたときは唸ってしまいました。アムランよくこんなの弾けますねぇ…。
おお! 名前:よかな庵  2003年6月8日 3時30分 (#473)
お久しぶりです。
…ははは、生演奏は適当にきき流してください。
「Song for Ikajyu」は難しいです。やっぱり腕が3本ないと(笑)
「Waltz for Ikajyu」は易しいですよ。特にりょーたんさんの「愛の夢第3番」を弾きこなすほどの腕なら(^^)
…私は「愛の夢」上手く弾けないです(汗)
楽譜ちょっと修正したので、よろしかったらこちらも使ってください♪(音符をデカくしたり、古いAcrobat Readerで表示がオカしいのを直しただけで、音は変わってないですけど。)
お久しぶりー 名前:りょーたん  2003年6月6日 6時39分 (#472)
お久しぶりです。
生演奏あったんで、おもわず書き込みしちゃいました☆
今、俺は、Waltz for Ikaju練習してます。
いつか弾けるようになりましたらお聞かせします(>_<")

Song for Ikajyuいいですね。。。弾きたくなっちゃいましたよ(^−^;)俺には絶対弾けないケド・・・。
生(ゴミ)演奏第2弾 名前:よかな庵  2003年6月1日 1時29分 (#471)
チャイコフスキって、四季以外のピアノ曲ってあるのかな?(^^;)

ところで、またまた生演奏やってしまいました。
肝腎なところにかぎって、全然弾けてないですが
ま、ご愛嬌ってことで(汗)

「Song for Ikajyu」
20030531.ogg (2004KBytes)
チャイコフスキ 名前:なかだ  2003年5月25日 2時8分 (#470)
四季に代表されるチャイコフスキーのピアノ曲って、いまいちぱっとしない
ものが多いですね。それなのにコンチェルトの1番ってなかなかだと思う。
どうして他の曲でああいったゴージャスな感じのものがないんでしょう。

あ、そういえば彼のピアノ三重奏曲「偉大な芸術家の思い出」のピアノパート
はコンチェルトみたいにゴージャスです。最後の方の譜面はおぞましいぐら
ですよ。
死期… 名前:よかな庵  2003年5月24日 1時36分 (#469)
チャイコフスキですか。中間部のおわりのアルペジオであがってくとこですかねぇ。ショパンのほうはMIDIつくってみたけど、なぜかチャイコさんはつくる気がおきません(^^;)

Chopin21_3_476_485.mid (1767Bytes)
祝・7000アクセス 名前:なかだ  2003年5月22日 18時34分 (#468)
7000番目は私でした。
ショパンとロックですか、なるほど10−7はそんな感じもありますね。
チャイコフスキーの舟歌、うろ覚えでどの部分がショパンに似ている
かよくわかりませんでした。

ここのところ、通勤途上にルビンシュタインが弾く両コンチェルトと
アラウが弾く「作品2」などをきいております。
ショパンとロック 名前:暇人  2003年5月20日 22時19分 (#467)
もう少しで7000。私は6996でした。

ショパンの音楽にはジャズを連想させるところがあるという話がありましたが、
ジャズと言えばロック・・・というわけで(あまり関係ないかも)、ショパンの
練習曲10−7って何だかロックを連想させると思いません?特に、終わりから
8小節目と7小節目の2小節。演奏にもよるかもしれませんが、ポリーニ
なんかの演奏で聴いた場合、あの2小節のリズムが、何種類ものドラムを叩いて
いるように聞こえる。昔、ここの部分が大好きで、この2小節だけ何度も
繰り返して聴いたことがありました。

ところで先日、図書館で「ゲーデル、エッシャー、バッハ」と「メタマジック・
ゲーム」を借りてきました。それなりに面白そうなのですが、やはり難しい。
それに長い。最初から最後までじっくり読もうと思っていたのですが挫折して
しまいました。
ついでに、チャイコフスキーの「四季」という曲のCDも借りてきたのですが、
その中の「6月 舟歌」というのを聴いていたら、ショパンのピアノ協奏曲
第2番に出てくるフレーズとそっくりなところがあってびっくりしました。
(第3楽章の最後の方、音が上がっていくところです)

ちなみに 名前:よかな庵  2003年5月17日 2時46分 (#466)
「メヌエット」は楽譜でしか見たことありません。
誰か弾いてるんですかねぇ?
ま、どぅでもいいけど。(なげやり)
いぐなつぃ・やん・ぱでれふすき 名前:よかな庵  2003年5月17日 2時43分 (#465)
矢代秋雄は聴いたこと無いですけど。
パデレフスキも「メヌエット」しか知らないなぁ。
ちなみに、パデさんのメヌエットって、乙女の祈りより駄作だと思いますねぇ。かの中村紘子女史の本には、ジョークでこの曲をモーツァルトの曲として発表したら、騙されたひとも少なからずいた、というようなことを書いてあったような覚えがあるけど…。
その話、あんまりでないかい?いったいモーツァルトを何だと思ってるんだ、ってな感じ(^^;)
パデレフスキ 名前:なかだ  2003年5月17日 1時17分 (#464)
あ、二重書き込み、失礼しました。
いまパデレフスキの弾く「英雄」ポロネーズが流れましたが、へたですねえ。
矢代秋雄 名前:なかだ  2003年5月17日 1時13分 (#463)
よかな庵さんは、矢代秋雄のピアノ協奏曲、ご存じないですか?
良い曲ですよ。丁度いま、その協奏曲を初演した中村紘子さんがTVで
しゃべってますな。パデレフスキのことをけなしてるんだかほめてる
んだか、なかなかおもしろいことをしゃべってますね。
八代亜紀雄? 名前:よかな庵  2003年5月16日 22時36分 (#462)
> 私が乙女の祈りを貶めるのは、乙女の祈りの氾濫は正しい音楽教育にとって害があると思うからですね。

うーん、私の場合は、別にこの曲「氾濫」してるとも思えないし、「教育」なんか私の知ったこっちゃないといった感じですけどね(^^;)

ところで、あのチャット以来、「銀波」のメロディがアタマの中を駆けずり回っているんですが…どうしてくれる!(←誰にいってんの^^)

> それにしても、この文章を矢代氏が書いたときにはまだジョリヴェはばりばりの現役だったわけで、クレームがつかなかったのでしょうかね。

ここまで言われると、逆に好感をもつかも(?)。顔云々はともかくとして(汗)

> あまりあげつらうと掲示板の品格を台無しにしてしまうのでこれくらいにしておきましょう。

うーん、「スクリャビンはすけべ」とかいってる掲示板の「品格」ですかぁ?うーん(苦笑) 
悪評について 名前:なかだ  2003年5月16日 12時47分 (#461)
私が乙女の祈りを貶めるのは、乙女の祈りの氾濫は正しい音楽教育
にとって害があると思うからですね。
キーワードは、無自覚、初心者です。これどっかに書いた言葉だな。

ところで今、矢代秋雄という作曲家の書いたエッセー集を読んでるの
ですが、おもしろいですよ。
ショパンに対する理解なんてまさに我々の見解に合致します。
そしてなによりすごいのが、嫌いな作曲家に対するものすごい攻撃的文章。
「ジョリヴェに対する偏見」という文章から引用すると(ジョリベは
「赤道コンチェルト」なんか書いたフランスの作曲家ですね):

私にとって、この作家は、全く不可解である。(中略)はっきり言ってしまえば、
大嫌いである。
まず、私はこの人の顔が嫌いだ。次に制作態度が我慢できない。

どうです、すごいでしょう? 「顔が嫌いだ」って、そりゃあんまりですよね。
その後もキーワードを拾うと、「技巧の貧しいこと、品の悪い事」、
「創造力の貧困」、「馬鹿馬鹿しい代物」、「陳腐平凡なものを
でっち上げて」云々。
あまりあげつらうと掲示板の品格を台無しにしてしまうのでこれく
らいにしておきましょう。

それにしても、この文章を矢代氏が書いたときにはまだジョリヴェは
ばりばりの現役だったわけで、クレームがつかなかったのでしょうかね。
おトメ婆さんの祈り 名前:よかな庵  2003年5月10日 23時33分 (#460)
> あれえ、そりゃあんまりですよ。
わはははは。

> これだけは聴こう!
交響的練習曲以外は、とりあえず知って…いると思います。(←なんだそのアヤフヤな表現は^^;)

> 純粋にシューマンの音楽が嫌いなのか、たいしたことない作曲家の割には有名なのが許せないのか、どちらなんでしょう。
私は「嫌い」というより「興味がない」に近いので、どうともいえないですけど…。
暇人さんのこのカキコを読んで、ちょっとなかださん@乙女の祈り撲滅委員会会長(笑)にお尋ねしたいことが…。
つまり、
『純粋に「乙女の祈り」が嫌いなのか、たいしたことない曲の割には有名なのが許せないのか、どちらなんでしょう。』

私もこの曲については、素人の書いた駄曲としか感じないですけど。
でも、駄曲は他にもいっぱいあると思いますし、「〜〜のクラシック名曲集」とかいうものに駄曲しか入っていないのは常識(苦笑)。
なかださんが「あれほど」までに、乙女の祈りを嫌うのが不思議ではあります(^^;)

ショパンの「子守唄」の比較は、なるほどとは思うものの、「乙女の祈り」を貶める(?)ことで「子守唄」の良さを論ずるというのは、ショパンファンとして、あまり嬉しくないような…。

純粋にほめればいいのに(^^)「子守唄」にはそれだけの良さは充分あると思います。

ところで、私の「ワルツ第2番」、どういうわけか「かなえられた祈り」(「乙女の祈り」の続編!)に似てるんですよね。なんか気になるなぁ(汗)
シューマン 名前:なかだ  2003年5月8日 6時42分 (#459)
私はシューマンのピアノ曲は許せない部分が多いのですが、彼の歌曲や
室内楽はむしろファンです。
特に歌曲についてはシューベルトよりもシューマンのほうを好むくらい。

コンチェルトが嫌いというのはですねえ、こういう曲が繰り返し演奏さ
れてファンもいることはよく理解できるけれども私は苦手ということかな。
まずあの曲は第1楽章だけだったらなかなかすっきりとしてよい曲だと
思うのです。ところがこれにあとからつけた2つの楽章がいけない。
特に第3楽章の途中のリズムが延々と食い違うところ。聴いていて頭が
へんになってくるんですよ。ピアノで弾いてみてもあそこはとても
やってられないなあ、という気持ちになります。
どうもあそこは指揮者もやりたくない曲の代表みたいですよ。
ついでにシューマンも 名前:暇人  2003年5月7日 22時57分 (#458)
私はシューマンって(というか、ショパン以外は)ほとんど無知なの
ですけど、「ウィーンの謝肉祭の道化」という曲にはちょっと思い出が
あります。私が中学に入ったときにラジカセを買ってもらって、まず
最初に何でもいいから録音してみようと思って、その時たまたまFMで
流れていた曲を録音しました。それがこの「ウィーンの謝肉祭の道化」
でした。だからというわけではないですが、シューマンの中では結構
好きな曲です。

しかしシューマンって、不思議なほど嫌う人がいますよね。最近、
シューマンのピアノ協奏曲を聴いたのですが、特別いい曲だとも思い
ませんでしたが、なかださんが言うほどひどい曲だとも思いませんでした。
リストやメンデルスゾーンの場合、関心のない人はたくさんいても、嫌って
いる人ってそんなにいないと思うのですが・・・。シューマン嫌いの人って、
純粋にシューマンの音楽が嫌いなのか、たいしたことない作曲家の割には
有名なのが許せないのか、どちらなんでしょう。もしシューマンが
フィールドやアルカンと同じくらいの知名度しかなければ、そもそも誰も
話題にしない(だから嫌う人もいない)ような気がしているのですけど。

頭の中で流れる音楽 名前:暇人  2003年5月7日 22時52分 (#457)
>私にとって理想のショパンは私のアタマの中と楽譜上にある

私も最近、実際にCDをかけてショパンの音楽を聴くことってほとんど
ないですね。といっても、楽譜を見て分析するだけの能力もないので、
楽譜を見ることもあまりありませんが。ショパンの曲って、何もしなくても
頭の中に浮かんでくるので、それだけで十分なことが多いです。頭の中で
音楽が流れる場合、仕事中でも構わないし、聴きたい部分に瞬間的に
移動できるし、何かと便利です。
で、どんな曲が流れることが多いかというと、やはり幻想ポロネーズと
バラード第4番だったりします。幻想ポロネーズは、以前は、最後の方の
盛り上がるところが一番好きだったのですが、最近は、中間あたりの
ゆっくりしたところが好きになりました。ロ長調になってしんみりした
音楽が流れたあと、182小節目でa tempoになってからの20小節
あまりがたまらなく好きです。昨年は、物思いに沈んでいるときは、
いつもこの部分が流れていました。

シューマン 名前:なかだ  2003年5月6日 12時56分 (#456)
>交響的練習曲って聴いたことない(汗)

あれえ、そりゃあんまりですよ。
いくらシューマンが苦手だからといって交響的練習曲ぐらいは把握しておきましょう。意外といい曲ですよ。
私は彼のコンチェルトは許しがたいほどに嫌いですが、ちゃんと楽譜を持ってるしCDもあります。ピアノ弾きの一般教養ですね。

さて、シューマン大嫌いの私がすすめる「これだけは聴こう!シューマンピアノ傑作集」は以下のようなもの。
・謝肉祭:野暮ったくて駄曲にほかなりません。しかしこういう曲がれっきとして存在し、現在でもよく弾かれているという事実は重い。しかも、聴いてみると意外に面白い(笑)。外面的に発散している部分は評価できます。
・幻想小曲集:これはわりと積極的に評価します。特に最初の曲は傑作とすら言えます。
・交響的練習曲:既出
・幻想曲:全体としてはあまりに散漫なのですが、珍しく発想が真摯な感を受けるしきらりと光るフレーズも散見されます。
・子供のためのアルバム:こういう教育教材を書かせると、やはり凡百の教育的作曲家はさすがにシューマンの足元にも及びません。

ま、あとの曲は無視してもらっていいでしょう。
BalladeNo.4 in F minor, Op.52 名前:なかだ  2003年5月6日 12時45分 (#455)
>私はここがなんともいえず好き
おお、ここの部分こそかのホフスタッターが指摘した箇所ですね。
私が最初この曲の楽譜を見たときは、この箇所では「よよよ!」と言葉を発しました(謎)。
ポリフォニーとポリリズム、この手の複雑なものはシューマンが好むところですけれど、シューマンの場合いかにも手際が悪く、奏者の頭と手をいらつかせます。
しかしショパンのこの箇所はそうではない。なんと自然な流れなのだろう。複雑にして自然。絶対にピアニストでなければ書けないフレーズですね。
ただ唯一残念なのは、この箇所、一瞬にして次に移ってしまうこと。私としては、ショパン先生、このリズムで1曲通してエチュードかプレリュードを作曲するくらいのことはできたはず。
誰かショパンのスタイルを真似てやってみませんかね?

>こんな素晴しい曲を目の前にして、そんな勿体無いことができるかっちゅうの
いやあ、よくわかります。

>私にとって理想のショパンは私のアタマの中と楽譜上にある

これも同感。もしピアノの無い場所に長時間隔離されて、そこにショパン全集のCDか楽譜のどちらかをもって行ってよいとなったら私は躊躇無く楽譜のほうを選択しますね。
ちなみにURLを幻ポロにしました(笑) 名前:よかな庵  2003年5月5日 2時0分 (#454)
> 第2主題の最初の提示のひそやかな、秘めやかなトーンから、誰があの同じ主題が再現する時の輝かしいファンファーレのような響きを想像できるだろう。

私はここがなんともいえず好き…分かりますよね(笑)
Chopin52_175_176.gif (4676Bytes)

幻想ポロネーズも、148小節のPoco più lentoで静かに始まる二重奏が、クライマックスでは、高らかにオクターヴの三連符付点リズム(?)で歌い上げるとこなんか感動的ですねぇ。しかもその前のクライマックスに入ったところ(242小節)は冒頭のレーミーレーミドラレーミソファミレーミドーですしね。このメロディも全曲にわたって繰返し変奏されていて素晴しい。

> 神秘の世界にしばしたたずむところ。このあたりはもはやロマン派を完全に越えてますね。不思議な世界です。

ここって、一体なんなんでしょ。冒頭のハ長調みたい部分を連想したりもするのですが…。シのフラットが入って、ヘ調の属和音(でいいのかな)なんだゾと微妙に主張(?)するところも含めて。

しかしショパンって私のなかでは元々ロマン派から一番遠く隔たっているイメージがありますけどね。

> 演奏が……
(^^;)確かに…。技術的にも難しいけど、演奏を進めていって、ここに入る段階になると、もう音楽的に興奮(?)しちゃっててねぇ。この部分だけを落ち着いて「練習」すれば話はまた別なんでしょうけど、こんな素晴しい曲を目の前にして、そんな勿体無いことができるかっちゅうの!

↑うーむ、ちょっと理解し難いかも…私独特で。
つまり変な話、私、実際の演奏については極端な話、どうでもいいのかも^^;私にとって理想のショパンは私のアタマの中と楽譜上にある、といっては言い過ぎかもしれないけど、どちらかというとそれに近いものがあるかもしれません。
邪頭… 名前:よかな庵  2003年5月4日 23時59分 (#453)
>シューマンとジャズ
うーん、私シューマン苦手なので分かりませんねぇ…。交響的練習曲って聴いたことない(汗)
私が書きたかったのは、ショパンのような和声感覚の非常にすぐれた作曲家が、もしジャズという語法を知っていたら、どんなに素晴しい作品が生まれただろうか…ということなので、ぽえむ君が何作ろうが知ったこっちゃないんですけど(何か冷たいなぁ^^;)

というか、探せば19世紀以前の曲にもジャズ的要素は結構みつかるような気もするんですけどね。アルカンの舟歌なんかもろにそうですし。ただ、私この曲あまり面白いとは思えない^^;

あと和声はそうでもないけど、ベートーヴェンのソナタ32番の2楽章(私が大好きな曲です)の12/32拍子のところなど、ジャズのノリって感じがしますねぇ。